エッセイ

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『二百十日』を読んで気づいた、植物で季節を読む感覚|夏目漱石と阿蘇の秋

私ごとだが、2026年は夏目漱石の本を読むことを目標にしている。その中で読んだ『二百十日』は、熊本県阿蘇を舞台にした作品だ。読んでいて、自分自身の変化に驚いたことがある。以前の自分は、小説に植物の名前が出てきても、ほとんど読み流していた。け...
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2026年4月❘松江・出雲の植物観察|不昧公の茶と古事記に触れる旅

旅先で植物を見るとき、その土地の「手つき」が見えてくる。2026年4月、松江市と出雲市を歩いた。神話の舞台として語られることの多い土地だが、実際に目に入ってくるのは、むしろ人の手が長く関わってきた植物の風景だった。まず印象に残ったのは、松の...
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桜は満開、ツツジはまだ——日比谷公園で見た春の時間差

春は、一斉に訪れるものだと思っていた。桜が咲けば春で、ツツジが咲けばさらに春が深まる。そういう、段階的でありながらも、どこか連続したイメージを持っていた。けれど、実際の公園を歩いてみると、その認識は簡単に崩れる。2026年3月末、日比谷公園...
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なぜ目の前の桜に気づかなかったのか

オフィスの前に、大きな桜の木がありました。自動ドアを出ると真正面、10メートルほど先。視界にしっかり入る場所に、立派なソメイヨシノが毎年咲いていたはずです。それでも、10年前の私は、その桜をほとんど認識していませんでした。思い出せるのは、年...