『二百十日』を読んで気づいた、植物で季節を読む感覚|夏目漱石と阿蘇の秋

エッセイ

私ごとだが、2026年は夏目漱石の本を読むことを目標にしている。

その中で読んだ『二百十日』は、熊本県阿蘇を舞台にした作品だ。

読んでいて、自分自身の変化に驚いたことがある。

以前の自分は、小説に植物の名前が出てきても、ほとんど読み流していた。

けれど最近は、「この植物が出てくるなら、季節は初秋だな」とか、「まだ夏の空気が残っている頃だな」と、植物から時間の流れを感じるようになった。

当たり前の知識なのかもしれない。

ただ、5年前の自分には全くなかった感覚なので、自分でも少し驚いている。

『二百十日』の中には、朝顔の種、芙蓉、薄(ススキ)、女郎花(オミナエシ)、桔梗など、夏から秋へ移る季節の植物がいくつも登場する。

植物に詳しくなったというより、「植物によって空気が読めるようになった」という感覚に近い。

過去、阿蘇で写真を撮った中で二百十日に合うものを貼っていく。

フヨウ

 

オミナエシ

秋の七草のひとつ

ススキ

 

English Summery

Reading Soseki Natsume’s “Nihyakutoka,” I realized how much plants can reveal about the seasons.
Names like morning glory, bush mallow, pampas grass, and balloon flower no longer feel abstract to me.
They now carry temperature, light, and the atmosphere of late summer and early autumn.
This article is about that small but meaningful change in perception.

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