奈良の秋を歩く
10月末から11月初旬、やわらかな陽の光が奈良の町を包むころ。若草山の裾野から始まり、元興寺、圓成寺と山里をめぐった旅。古い都の時間の中で、木々と草花が秋の盛りの季節を静かに伝えていました。
若草山と春日原生林 ― 風と草木の気配
若草山は標高342メートル。奈良公園の奥にそびえ、三つの笠を重ねたような形から「三笠山」とも呼ばれます。山頂からは平城京跡や東大寺を一望でき、古代より「都を見守る山」として親しまれてきました。


緑の柴の部分だけを上るだけでも急で大変でした。ひとまず、鹿の糞を避け、休憩。

1・2合目からの景色。鹿さんが木の下で休んでおり、遠くには大和三山も見え、生駒山も望めました。鹿がカシの木の下で、アザミの花を食べていてびっくり。
登り道では、イヌシデ、ムクノキ、シラカシ、クヌギなどの樹々が黄金色に染まり、足もとではススキが風に揺れています。林の縁にはアザミの紫、道端にはアカメガシワの紅い葉が散り、秋の色のグラデーションをつくっていました。


山を下ると春日大社の奥、春日原生林が広がります。ここは約1200年間にわたり伐採が禁じられてきた神域。ナギの葉が陽に透け、ビャクシンが岩を抱くように根を張り、シダやクサギが湿り気のある林床を覆います。神の森として守られてきた時間が、空気そのものに溶け込んでいました。


次回また登るなら
今回、お昼過ぎに登り始めたのですが、折り返しの春日原生林の道に入ると14時から15時頃。それだと薄暗く感じ、ちょっと怖かったです。なので、朝から上り始めて、昼過ぎには春日大社の方に降りてこられるのが安心だと思います。肌寒いくらいでしたが、登るにつれ暑くなり、陽も当たるので飲み物は多めに(1人1リットル)ほどは用意してもいいかもしれません。3合目の駐車場にトイレと自販機がありますので、そこまで頑張ってください。
元興寺 ― 古瓦と秋草
奈良町の一角にある元興寺は、飛鳥の法興寺を移した古刹。日本最古の寺院建築のひとつとして知られ、屋根には飛鳥時代の古瓦が今も残ります。境内には季節の草花が咲き、歴史の静けさにやさしい彩りを添えていました。

ハギ、ホトトギス、シュウメイギクが石畳の脇を飾り、淡い風にそよぎます。秋の陽射しに照らされた花々は、古瓦の黒や苔むした石と響き合い、静かな詩のよう。ハギはほぼ終わっていましたが、もう少し早く訪れていたら大変見事な萩を見られたことでしょう。


境内にはキササゲやムロカンザクラ(室間桜)も見られ、異国風の樹姿がこの寺の多層的な時間を物語ります。秋の境内に立つと、仏教伝来の古層と町家の暮らしが地続きに感じられ、奈良という土地の重なりの深さを思いました。

フジバカマ
雨に濡れた、フジバカマの蕾たちが目に留まりました。
フジバカマとヒヨドリバナの違いが分からないと嘆いておりましたが、元興寺にあるならフジバカマですし、確かに葉が3つに分かれています。(1枚目の真ん中の葉にご注目)

圓成寺 ― 山里の庭と秋の彩り
奈良市郊外、柳生街道沿いに佇む圓成寺。室町時代の庭園と運慶作・大日如来像で知られ、山あいの静寂に包まれた寺です。
忍辱山は標高400m弱のため、紅葉が始まっておりました。

境内を歩くと、シキミの香りが微かに漂い、イチゴノキの紅い実が秋の光に映えていました。池のほとりにはウメモドキやクチナシの実が色づき、さらに紫式部の紫の実が楚々と揺れています。どの実にも、夏から秋への時間の厚みが感じられました。
シキミ
本堂にも供えられており、きっと境内にあるだろうと探すとたくさん見られました。背の高いものばかりなのでなかなか実がなっているところは写真に収められませんでしたが、落ちていました。因みにシキミの実は毒があるのでお気を付けください。八角に似ているからと食さないよう。

イチゴノキ
初めてお目にかかりました、イチゴノキ。本当にイチゴのような実が成っておりました。頭上にイチゴの実があると変な気分。お花は春先に咲くようですが、なぜか実と花が同時に見られました。

池泉回遊式庭園には、紅葉したモミジが鏡のように映り、遠くには山の影。大日如来の穏やかな顔と庭の色づきが響き合い、内面の静けさを呼び覚ます場所でした。

おまけ:影向の松 ― 変わらぬもの
春日大社境内の「影向の松(ようごうのまつ)」。能舞台の鏡板に描かれている老松の絵のルーツ(起源)とされています。現在は枯れてしまいましたが、観阿弥世阿弥も見たであろう松に思いを馳せ、今後は能も観賞しようと思います。

終わりに
若草山の風、元興寺の秋草、圓成寺の庭、そして影向の松。奈良の植物たちは、古代からの祈りや暮らしとともに生き続けています。秋の奈良を歩くことは、季節を味わうだけでなく、「時を重ねる」という体験そのものなのかもしれません。
過去の奈良旅
2024年秋 平城京の東院庭園にて – 日本の植物


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